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禁煙46日目終了。タバコを吸わない生活はかなり当たり前になってきたし、我慢することそのものはほとんど意識しなくなったものの、あいまわらずタバコが吸いたいという欲求は突如として襲ってくる。たとえ襲ってきても軽く乗り越えられるものの、この吸いたいと思う瞬間はやっぱり嫌なものです。
さて沖縄遠征報告の続き。
国道58号線を北上し、那覇市から浦添市、宜野湾市(ぎのわんし)、北谷町(ちゃたんちょう)へ入る。このあたりに来るととにかく目に入るのは米軍基地。関東に住んでいる人ならわかると思うが横田基地や横須賀基地のような風景が沖縄ではごく当たり前のようにそこらじゅうに目に飛び込んでくる。また周辺を走る車にもかなりの台数がYナンバーである。自分が数日沖縄の道を走っただけだったが、基地とYナンバー。邪魔な存在だと思うのは私だけではないはず。
またこのあたりの道路標識は日本語と同じ文字の大きさで英語表記も平行しており、また工事中の看板ですら日本語と同じように平行して英語表記してある。日本なのになんか変な気分である。こんなところも沖縄が過去米軍の植民地だったを感じる瞬間である。
北谷から嘉手納町(かでなちょう)あたりまで続く米軍基地ラッシュから読谷村(よみたんそん)まで北上するとその風景も一段落する。尚、沖縄の地名は初めてだと一発でまず読めないと思われるのですべてふりがなをつけることとします。また村は「そん」と呼ぶのは沖縄だけでしょう。ちょっと話が脱線しますが、町は関東から東北は「まち」と呼び、静岡から以西、北海道は「ちょう」と呼びますね。これも具体的にどこが境界点なのかイマイチ把握していませんが、村を「そん」と呼ぶのは正直初体験でした。
読谷村を通過し、恩納村(おんなそん)へ出ると一気に海岸線が見えてきます。恩納村から名護市(なごし)にかけてたくさんのビーチが見えてきます。有名なビーチ「万座ビーチ」もこの周辺です。交通量は比較的多いですがマイペースで流れていきます。名護市に入って沖縄自動車道の終点である許田(きょだ)ICの出口と58号線が合流すると片側一車線から2車線道路に変貌します。それがこの写真です。海岸を眺めながら前のノロノロ走行する車を一気にぶち抜いていく瞬間である。
しばらく名護市の市街地を抜けると一気に周辺は右側に山、左に海岸線という絶景が続く。そして交通量も一気に減少し、ドライブとしては最高の道路が続くこととなる。名護市を抜ければ大宜味村(おおぎみそん)に突入。この周辺の道路はこんな感じである。大宜味村に入ると国道58号初の道の駅おおぎみが登場する。見た目は比較的新しいドライブインって感じです。更に進むと沖縄最北端の村である国頭村(くにがみそん)に入る。このあたりでは海岸線と山部との繰り返しの風景が飛び込んでくる。
このあたりまでくると今までの国道を走り始めてからの思い出がよみがえってきてそしてその国道走行のフィナーレである私の国道走行の旅の最終目的地が徐々に迫ってきていまする。さぁいよいよゴールまで残り距離30kmを切った。たまたま自分の前に遅い車がずっと走っていただけに本来ならこの美しい道路をアクセルを多少開けてでも軽快に走りたいという欲求が沸くのだが、国道58号のフィナーレがもう少しと思うと不思議とゆっくりとそして最後の感触を確かめるように全く飛ばしたいという気分が消えていきゆっくりとそして走行する喜びをかみ締めながら走行している自分がいた。なんだかもう私の国道の旅が終わりだと思うとなんだか切ない気分がドンドン膨れ上がってくるのだ。
そんな気分に浸りながら走行していると面白い看板を見つけたので思わず写真を。今まで全国の道路を走りまくってきたが、始めて見る看板です。記念で使いたい人はこちらの拡大写真をどうぞ。時期によっては突然カニが道路を渡るのだろうか?このような海岸線がしばらく続く絶景は日本海側の7号線でも同じような風景を見ることができるのだが、なんといっても海の透明度は日本海とは比べ物にならないわけだし、太陽がサンサンと輝く海岸線は写真では表現しきれません。実際に行って運転しなければこの感動は味わえないでしょう。なんていったって視界の一面に飛び込んでくる美しい海岸線と道路、そして太陽と青空の中走るのだから本当に国道走行フィナーレに適した最高のドライブである。
国道58号もいよいよフィナーレ。海岸線から一旦離れて最北端部をUターンするように山岳部を抜ける国道。するとまたまた面白い看板があったのでここでもゴール手前3kmの地点で写真撮影。カニにつづいて亀かよ〜って感じです。こちらもこんな注意看板見たのは初めてでした。記念にこの看板写真を使いたい人はこちらをどうぞ。
そして山の中を抜けるとちょっとした開けた場所に出て、公民館や若干の民家がお目見えする。すると小さな橋(奥橋)が登場し、その橋を渡りかけた瞬間私の足掛け8年の国道走行の旅のファイナルポイントに到達瞬間である。その橋を超えると国道から県道になり、見た目も若干整備状況が悪くなる。それを確認した瞬間国道でなくなったことを実感し私の歴史にピリオドを打つこととなった。
再びその国道58号の境界ポイントに戻ってみた。すると国道マニアとしては実に満足させてくれる標識や国道58号を示した紹介などがなされているのだ。まずはその記念すべき最終地点である写真がこちら。もちろんせっかくマイカーで来たのだからそのポイントとマイカーを一緒に撮影した写真がこちら。また沖縄本島における国道58号線の始点を表すポイント表示はこちら。
その脇にはちょっとしたスペースがあってベンチと国道58号線の紹介した石造があるのだが、その一部の拡大写真を見てもらうと国道58号線のことが良くわかると思う。できればこれらの表示は始点ではなく終点である那覇市明治橋の方が本来筋であるのですが、私がフェリーで沖縄に上陸して明治橋からスタートしフィナーレが最北端部である国頭村字奥という場所まで走ることを加味すればフィナーレにふさわしいあらゆるシチューエーションかな?
またこの石造のほかこんな標識もある。前半部は意味はすぐ理解できたが後半部はどのような深い意味があるのか古文が苦手な私は理解しきれずいます。誰かわかる人がいましたら教えていただきたいと思っています。そんなこんなでこの一見国道なんて全く興味ない人からすれば全くもってどうでもいいこの場所で30分程度ひたすらたそがれ、そして今までの思い出を振り返りっていたのでした。さて私の目標が達成した後は残す時間を沖縄という土地を思う存分走りこむだけです。
国道走行が終わった先の県道がどんな感じの道路か興味があったのでちょっとだけ走ってみた。すると交通量は皆無に近い状態でいながら道路の整備状況はマズマズだし、比較的コーナーが続く道路。「こりゃレンタカーでは味わえないマイカーで来たことを十二分に楽しむには文句のない最高の舞台だな」とかみ締めながら、この道路を走行する楽しみは翌日以降にしようと視察を完了した。視察中に目にはいったのがこんな風景である。ちょっと離れたところから見たのはこちら。先ほど見たカメ注意といく看板からしてもしかしたらこの場所はウミガメの生息地なのもしれません。特にこれらを説明した看板はありませんでした。
とりあえず沖縄遠征初日の国道58号線を走りきるという予定が一通り終了したので再び国道58号線を利用して南下することとした。南下する前に沖縄本島の最北端部の岬である辺戸岬(へどみさき)に行きました。さすがに最北端といくこともあって観光略が一杯いた。その駐車場にある車の大半はレンタカーである。シルバーやホワイトのヴィッツやフィットばかりである。今のレンタカーの流行はこの2代車種のようですね。とにかくレンタカーが多いこと、多いこと。レンタカー屋が最も稼げる時期だからなぁと思ったりもした。
さてこの辺戸岬といえばこの石造です。また隣にこんなものもありました。こちらは写真ではわかりませんが、辛うじて先に鹿児島県管轄内にある与論島が見えるのですが、沖縄が日本へ返還される以前沖縄が返還されることを祈ったものだそうだ。沖縄本島の最北端は断崖絶壁の風景であり、そして海の青さも同時に体験できます。それがこちらとこちらの写真です。これらの自然のパノラマと今自分が本州からどんでもなく離れた島の上にいることを体感できる瞬間でもあります。あの遠い先に鹿児島、九州、そして四国と本州があるのだから。とにかく自力では絶対に変えれない生まれて最も多い場所に着たんだぁとしみじみ考える時間となった。実際に見る風景をそのまま写真で表現するには限界があります。はっきりって全くこの自然の雄大さをそのままお伝えすることは写真だけではできません。所詮ただのデジカメ写真では・・・・でも少しでも雰囲気を味わえればいいかとおもっています。
辺戸岬を後にして再び国道58号線に戻ったあとすぐまた絶景ポイントがある。それが茅打ちバンダ。ここから眺める風景はこんな感じである。遠く見える道路が国道58号線であり、断崖絶壁街道であることが良くわかる。また海の部分に注目して撮影した写真がこちら。さんご礁が透けてみえているのがわかるでしょう。これでも以前より海は汚れているらしい。でもまだまだこのぐらいの透明度は維持できている。再び国道58号で南下する。やっぱり言葉で表現できない海が視界に飛び込んでくる。いくら写真ととってもその見事な景色はデジカメ写真による表現には限界があるもののこちらとこちらで見て想像を膨らませてほしい。
沖縄の海の写真は他の場所で撮影しているのでその都度紹介していきます。
そして名護市に入って今度は沖縄自動車をせっかくなら走行してみようと思い、許田ICから沖縄自動車道へ乗り込む。沖縄もETCが導入されており利用者はかなりすくないものの設備としては整備されていた。
この続きは明日。
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